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8月9日

 65年前の今日 8月9日、長崎に2つ目の原子爆弾投下 多くの方が犠牲になられた。

 7月12日には宇都宮大空襲があり 宇都宮の半分が焼け野原となり、多くの死傷者を出した。当時の日本の殆どの主要都市では、空襲があったようだ。

 先日視察に行った青森市でも ちょうど慰霊祭が行われているとの事だった。(7月28日)

 さて、私の母(昭和16年 10月生まれ)は、太平洋戦争開戦の年 広島県高田郡高田町(田舎の方)に生まれた。

 「祖父は原爆投下の翌日、実の兄を探しに広島市に行った」という話を聞かされたことがある。祖父は10年ほど前に「がん」で他界したが おそらく被爆者であったと思われる。

 戦没者慰霊祭の犠牲者の中には 私の身内(祖父の兄)も含まれている・・・・という事になる。

 まだ、訪れたことはないが、一度は広島平和記念公園に子どもを連れて行ってみようと思う。

 
 昨夜は NHKの番組で「シベリア抑留者」の番組をやっていた。とても悲惨な内容であった。57万人が抑留され、死者は約5万人、長い人は11年間抑留され 帰国したのは昭和31年だったそうだ。


 人は 生まれる時期も、国も、人種も、性別も、親も・・誰も選べない。

 明治、大正、昭和の初期に生を受け、時の国策、政治を信じ、国のため、家族のため戦って戦死された方々やその家族、原爆や空襲で犠牲になられた方々やその家族、遠く満州やシベリアで亡くなられた方々やその家族、残留孤児や、やむなく子を残してきた親、
等等、多くの犠牲と悲しい歴史が70年から65年前に現実にあった。そして、被爆者問題や残留孤児問題、領土問題など今でもその傷跡は日本にもアジア諸国にも存在する。

 まもなく戦争を知る世代がいなくなる。団塊の世代や、我々40代、50代が次の世代にしっかりと引き継いでいかねばならない問題であると思う。

 もっとも 当事者で経験もしていないので どこまで引き継げるかは疑問であるが、これまでの文献や資料をどこまで確認、認識できるかにもよるだろう。

 日々、仕事や行事に追われがちではあるが、また、不景気の中 中々先が見えない、ゆとりのない社会とも言われているが、せめて8月は 祖先に感謝をし 「戦争の歴史」と「多くの犠牲者」に想いを馳せたい。

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Author:大嶋一生
前日光市議会議員 大嶋一生のブログです。

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